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1960-国産コンピュータ導入の本格化1960年代前半時点では、国産コンピュータの導入は大学や国の機関中心だったが、後半になると急速に民間企業へ広まり、あっという間に輸入機と肩を並べるまでにシェアを拡大。国の支援策により世界と競争するための高度技術開発が進んだ。
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前社長坂詰吉寛、機械工学科を卒業後、銀行システム、シュミレーションシステムなどの仕事・研究に従事。実家の家業を継ぐために地元新潟に帰省するも「これからの時代を変えるのはコンピュータだ」とする自身の先見性を信じ、起業準備を開始。
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1970-国策による
国産6社3グループ再編成・
国産汎用コンピュータの開発促進 -
1978.9新潟県中頸城郡に、
「上越コンピューターサービス株式会社」設立新潟県内で、NECハードの販売代理店を開始。
異例のスピードで販売実績を上げ、県内二強の一角に成長。 -
1980-金融第三次オンライン1985年に電気通信事業法が整い、通信回線が自由化されると、他社や不特定多数とデータ通信を行うことが原則自由とされた。時を同じくして、バブル経済・高度成長期が訪れ、特に金融機能の高度化の必要性がうたわれ、銀行や証券会社でのIT化が進んだ
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1980.4NECとソフトウェア取引開始NEC汎用コンピュータをリース契約し、自社にて導入開始
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1981東京事業所を開設(現:東京本社)実績が認められ、設立2年の若い会社であったにも関わらず、当時の国策である汎用コンピュータ普及の一端を担うことに。当時、汎用コンピュータを導入し、社内で活用していたのは一部の大手企業のみだった。当時多かった大手企業の課題は、計算・入力業務。
当社は、汎用コンピュータを利用した「委託計算業務」を中心に大手との取引が増えていった。 -
1985三菱総研より取材依頼「汎用コンピュータを有する大手企業しかできない仕事を、地方企業として初めて成功させた最初の例」として報道される。
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1987大手建設企業とのご縁を頂戴し、ソフトウェア取引開始①「約束したものを期日までに納品する」を徹底
②「コツコツまじめに、忠実に対応する」を実践
③「報連相や挨拶はきっちりと行う」を徹底
上記3点を基本姿勢とし、
信頼頂けるよう誠心誠意努めた。 -
1990-パソコン普及1992年頃を境に、パソコンが汎用コンピュータのシェアを追い抜く。全世界規模ダウンサイジングが進んだ。
決定的だったのは、1995年のWindows 95販売。性能の高さはもちろん、動作可能なハードの多様さ、秀逸な消費者訴求により市場シェアを独占し、2~3年後には企業内にも普及しはじめた。 -
1996東京都文京区に、「株式会社ジェーテック」設立当時の上越コンピューターサービス株式会社はソフトウェア開発・サービスの提供が主だったが、顧客要望に応えるため、機器販売機能を備える目的で同社設立に至る。
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1998柏崎営業所設立大手企業数社と直接取引開始。
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2000-代理店システムの崩壊、
ノートパソコン主流化パソコンの法人間取引の在り方が変化。それまで企業は代理店を通してパソコンを購入するのが一般的だったが、メーカーと直接取引し本社一括購入する流れに。
また、64ビットパソコンの登場に伴い、ノートパソコンの出荷台数がデスクトップを超え、パソコンへの関心もノートに向くようになった。 -
2001新潟事業所を開設(現:新潟支社)
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2002ネットワーク構築・社内ケーブル配線業務の開始【各種認証取得・対応】2008年ISO9001:2000(品質)認証取得2009年ISO27001:2005(情報セキュリティ)認証取得
ISO9001:2008(品質)に対応2015年ISO27001:2013(情報セキュリティ)に対応2017年ISO9001:2015(品質)に対応 -
2008「上越コンピューターサービス株式会社」の
社名変更、「JCCソフト株式会社」へさらなる会社の発展を願い、社名から地域限定性を想起させる表現を削除。地元新潟で培った献身的な業務姿勢はそのままに、都心を照準に合わせた事業展開を行う。 -
2017労働者派遣事業開始(許可番号:派15-300222)
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2020.12株式会社ジェーテックを吸収合併
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2021東京本社 東京都一般建設業許可(電気通信工事業)取得
(許可(般-3)第154308号) -
2022.2大阪営業所開設(現:大阪事業所)
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2025.6坂詰花子 代表取締役社長就任